マイドル

「こうなることは分かっているのだから初めからしなければいいのに」
「そんなに叩くほどのことじゃないだろう可哀相に」

 ひとつの出来事に対して、ひとりの人間から複数の考えが沸いてくることは決して珍しいことではない。
 男は今、アイドルの恋愛が発覚し、炎上しているニュースについてそんなことを考えていた。アイドルというのは時代が進んでもなかなか恋愛禁止というルールが外されることはない。そういう商売なのだから我慢しろ、とも言えるし。個人的な問題なのだから仕事とは別なのではと言ってもおかしなことではないだろう。
 男は別段そのアイドルについて熱心なわけではない。そもそもアイドルというものに対して興味がなく、グループ名は分かっても個人名は分からない。何度かテレビで顔を見たことがあるくらいの認識だ。

 そんなニュースを見たさなか街を歩いていると、中年の男に声を掛けられた。

「すみません。モニターを探していましてご協力いただけませんか?」
「なんのでしょうか?」
「こちらです」
 中年の男は傍らに立っていた少女を示した。少女は笑顔のまま固まっている。

「どういうことでしょうか?」
「この子のモニターになってほしいのです」
「わかるように説明をしてください。怪しい話でしたら失礼します」
「実はこの子は人間ではないのです」
 中年が誇らしげに言うと、少女もまた笑顔で頷いた。

「そうは見えませんが」
「見えないかもしれませんが、本当なのです実はこの子はロボットで超高性能AIが組み込まれているのです」
「本当ですか?」
「その証拠をお見せしましょう」

 中年の男は複雑な数式や遥か遠い国の情報を尋ねた。その少女は人間では対応できないほどの速度で回答してみせた。
 中年と少女がグルなのかと疑い、男もいくつか質問するが全て即答した。

「信じていただけましたか?」
「なるほど。本物かもしれません」
「それでモニターのお話なのですが」
「そうでした。しかしそもそも何をすればいいのですか?」
「この子、マイドルのプロデューサーになってほしいのです」
「マイドル?」
「はい。自分だけのアイドルというコンセプトのもとに作ったためこのような名前です」
「つまり、my idolを略してマイドルと実にしょうもない名前ですね」
「名前に凝った製品ほど中身が大したことないものばかりですよ」

「しかし、自分だけのアイドルとは何をすればいいんですか?」
「この子に歌や踊りを覚えさせてアイドルとして活動できるかを試験したいです」
「しかし私は歌も踊りも演技もトークも何一つまともに教えられませんよ」
「そこがこの子のすごいところです。プロの動画や歌を見させることで簡単に再現してくれます。自分好みの動画を見せることで自分好みのパフォーマンスをしてくれるようになるのです。しかも優秀なAIがアイドルとして正しい振る舞いを必ずしてくれます」
「ああ、それで自分だけのアイドルということですか」
「そういうことです」
「面白そうですねモニター引き受けます」
「ありがとうございます」

◆ ◆ ◆

 男はマイドルの手を引いて家に連れ帰った。

「さて、まずは君の名前を決めようか」
「はい! よろしくお願いします!」
 はつらつとした声色でマイドルは答えた。
「マイでいいか」
「ありがとうございます! 素敵な名前ですね」

 そういうわけでマイと呼ぶことにした。
 男はマイにお気に入りの曲や踊りを見せて、自分好みのアイドルに仕上げていった。
 自分の好みをどんどんと吸収していくマイの姿はとても喜ばしかった。男がマイドルに好意を寄せるようになるのも不思議な話ではない。

「マイは俺のことが好きか?」
「はい! もちろんです。私の大切なプロデューサーさんですから!」
「そうか」
「でも、私はアイドルですから恋愛をすることはできません。たとえ大好きなプロデューサーさんとも」
「あ、ああそうだな」
 AIにふさわしい優等生的な言葉であった。

「アイドルの鑑だ。本物のアイドルにも見習ってほしいものだ」
「でも、俺とだけなら少しくらい恋愛してくれてもいいんじゃないだろうか」

 ひとつのことにひとりの人間が、複数の考えが沸いてくることは決して珍しいことではない。

ミツバチ政策

 文明が発達すると少子化が進むらしい。
 世の中に娯楽が溢れ出して、恋愛という娯楽の優先順位は下降して戻らない。
 そのうえ、結婚というものは恋愛結婚こそが真実で、見合いによる結婚は望まないようで可哀想らしい。
 さらに困ったことに恋愛結婚した者たちのなかでは子どもを持たないという選択肢も当たり前になってきている。
 子どもというものは産んで、育ててと何かと金が掛かり、時間が掛かる。よほど望まない限りはいいモノには思えないという考えが蔓延ってしまった。

 困るのは国である。子どもが生まれなければ社会に進歩はないのだ。
 国が困るとはいうが、結局のところ最初に困るのは政治家である。

───

 この少子化対策として、あるひとつの政策を打ち立てた。
 それがミツバチ政策である。

 まず自由恋愛の完全な禁止から始まる。そして結婚も違法だ。
 「子どもはいらないけど、愛する人と一緒にいたい」など、少子化において敵のような発想に他ならない。貴重な種と卵の無駄遣いだ。

 ではそれらを無駄にしないためにどうするか、その為に作られたのがミツバチロボットである。
 名前はミツバチではあるが見た目までそうであるわけではない。
 このロボットは自らの姿を対象の男性の理想の姿の女性に変えることが出来る。
 そうして姿を変えたら男性の家を訪れて、行為に及ぶ。腹の中には男性の精子を保持することになる。
 すると次は対象の女性の理想の姿に変わるのだ。そして、女性をデートに誘いだし、事を進める。こうすることで全く接点のない男女の子どもを作ることが出来るというわけだ。

───

 しかし、ミツバチ政策の要はむしろここからと言える。

 妊娠が発覚した女性は丁重に扱う。
 それはもうこの国で最後の女性の生き残りが如く扱う。そのためのロボットを派遣する。妊婦の不調を察知して、いち早く行動に移すロボットだ。
 妊婦は大切にしなければならない。当然のことだがこれは表向きな理由にすぎない。

 大切なのは女性が妊娠することに前向きになることだ。特に二回目以降の話だ。甘やかし、不調には即対応することで、我慢や忍耐というものを少しずつ苦手にしていく。そんな簡単になるものかと、感じるかもしれないが、人間の忍耐力というものは容易く壊れる。それはネットやSNSの中毒者を見ればわかりやすい。我慢などというものは数か月もすればできなくなるのだ。

 そうして、お姫様待遇をしたのちに、腹の中の子どもが十分に大きくなったら麻酔をして腹を開いて子どもを取り出す。母親、いや母体というべきか。それは一度も子どもの顔を見ることはない。すぐに施設に連れていかれるからだ。
 発達した技術の中では一切の痛みを与えず、残さない。

 そして、妊婦でなくなった女性は家に戻される。
 当然妊婦ではないので優遇もなしだ。
 十か月にわたって甘やかされ続けたことにより、忍耐力の衰えた女性は社会復帰が難しくなる。
 そしてまた妊娠をして好待遇を求める。故に少子化は改善していく。

 しかし、生まれた子どもは親子という最小の社会を知ることなく育つ。
 大人は子どもを持つことがなくなり、いつまでも幼いままだろう。
 まるで野生動物のように社会性のない人間が増えるかもしれない。
 それでも少子化は収まる。

 何か問題が起きるとしても、ミツバチ政策を考えた政治家は、そのころに生まれた子どもたちが大人になるころにはこの世にはいなくなっているだろう。
 次の世代が何とかしてくれる。

 見合い婚を義務化するなどして。

スマートフェアリー

「おめでとうございます!」
 町の商店街のくじ引きで、人生のすべての運が収束したと感じた。
 これまでの人生、山もなく谷もなく、ひとりで何もない人生を送り、このまま死んでいくのだろうなとどこか確信めいたものを感じていた。
 そんな中でくじ引きから出てきた金色の玉に、人生が詰まっていたのかもしれない。

「賞品は後日お送りいたします」
 そう言われて紙を受け取り、電話番号と住所を記入した。

 そんなことがあった数日後、休日の昼間に家でだらけていたら、呼び出しのチャイムがなる。

「はい」
「お届け物です。重いですよ大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です」

 大きな荷物だった。子どもくらいの大きさはある。重さもそれくらいだ。
 リビングに運び、厳重に閉じられたテープを破いて箱を開けた。

「なんだこれは」
 思わず思考が止まる。

 中には本当に子どもが入っていた。少年のようでもあり、少女のようでもあった。さらさらとした首元まで伸びた髪に、閉じていてもはっきりとわかるほどの長いまつげ。シミひとつない肌。作り物のように美しい姿をしていた。仰向けに眠るそれのへそ辺りに紙が一枚だけ入っていた。
 そこにはスマートフェアリーと書かれていた。

「なるほど。作り物のようではなく、作り物そのものだったか。そしてこの可愛い姿を妖精と例えたと」

 さらに紙を読み込むと、細かい説明は一切なく、「おはよう」と声を掛けると目を覚まし、しばらく目を見つめると登録が完了するということ。何かしてほしいことがあれば口頭で伝えること。スマートフェアリーは成長し、自主的に主人の望むことを学習するということが書いてあった。
 つまるところ、いろいろしてくれるお手伝いAIロボットといったところだ。
 なんだか眉唾ものではあるが、このまま放置するのも微妙な気持ちになるので、箱から出し、その体を包んでいるビニールを破いた。

「お、おはよう」

 なんだか無機物に話しかけるのが照れくさくて、つい言葉が詰まってしまう。
 するとそれは目を覚ましたようで、大きな目が開かれた。
 目を開いたまま動かない。これが登録中ということだろうかと思いこちらも見つめ返す。

「登録が完了いたしました。なんでもお申し付けください。ご主人様」
「あ、ああ」

◆ ◆ ◆

 その日から生活に変化が訪れた。

 まずはスマートフェアリーのために服を買った。作り物とはいえ、子どもを裸のままにしておくのは気が引けたからだ。
 スマートフェアリーは本当に何でもしてくれた。掃除洗濯、料理など家の雑事などもこなすし、こちらの雑談にも嫌な顔ひとつせず付き合ってくれるのだ。
 こちらの声や顔色から察しているのだろうか、労ってほしい時には労いの言葉を、発破をかけてほしい時には励ましの言葉をくれるのだ。

「今日の晩御飯は何がいいだろう」
「昨日からの栄養バランスを考えますと……」

 そうしてこちらの体を気遣ってくれる。ひとり暮らしをしているとこのように考えてくれる存在はありえないので、嬉しく感じてしまう。

◆ ◆ ◆

 スマートフェアリーと生活して数か月が経った。
 その日はとても体調が悪く、職場に休みの連絡を入れて布団で寝ていた。インフルエンザかもしれない。目を開けるのも億劫だ。

 病気の時というものはどうしても弱気になってしまう。特にひとりでいるときはまるでこのまま死んでしまうのではないかと思いが脳裏をよぎる。
 目を閉じていると顔の隣に気配を感じる。当然スマートフェアリーだ。

 こういう時に孤独を誤魔化してくれるのもとてもありがたいと感じていると、スマートフェアリーはこちらの額に手を当て、
「三十九度一分です」
 とつぶやいた。

 そんなことまでわかるのかと関心をしていると、スマートフェアリーはこちらの顔を見ながらこう言った。
「口を開けてください」

 水でも用意してくれたのかと目を閉じたまま口を開いた。
 しかし、私の予想はすぐに覆された。
 唇に柔らかい感触が触れた。

 思わず目を開くと、スマートフェアリーの顔が至近距離にあった。スマートフェアリーの口が、こちらの口と重なっていたのだ。
 呆気に取られているこちらに説明するかのようなタイミングで声が聞こえてきた。

「ナノマシンを送信し、病原を排除します。しばらくお待ちください」

 言われるがままに動かずに待つ。
 少し時間が経つと、スマートフェアリーは口を離した。

「すぐに良くなります。ご安心ください」

 と言うとスマートフェアリーはこちらを見守るよう一瞥し、その後家事に取り掛かった。

 その後は言われた通りに直ぐに体調が戻った。それから暫く。

「せっかく今日は残業もないし、明日は休みだ。久々に遊びにでも行かないか?」
 仕事終わり間際に同僚に声を掛けられた。
「すまない。今日はちょっと」
「なんか最近ノリが悪いな、恋人でも出来たか?」
「そういうわけじゃないけど……」
「ふうん。まあいいけどな」

 そんな軽いやり取りをして家に帰る。

「ただいま」
「おかえりなさい。ご主人様」

 迎えてくれるスマートフェアリーに近寄ると、唇を重ねた。
 スマートフェアリーは目を閉じると、

「ナノマシンを送信し、病原を排除します。しばらくお待ちください」
 と言った。
 そして少し待つと顔を離し、

「お体に異常はありませんでした」
 と言った。

その通りだ。病原は体の中にはない。目の前にあるのだから。

TRPG

ピンボール

パックマン

ピッグ

ローグ